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■充実した教育制度
バージニア州は、高等教育機関84校、公立大学院6校、公立コミュニティーカレッジ(地域短大)23校、私立大学45校と、高等教育機関が非常に充実していることで知られています。公立学校に通う学生の学力は、全米平均を大きく上回り、州内の主要地域では学校のカリキュラムに日本語集中コースも用意されています。さらに、日本人学生を対象に英語コースが設けられています。
日本人家族子女対象に、州内数カ所で土曜学校が運営されており、日本に帰国予定の日本人学生が本国と同様の内容の授業を受けられるようになっています。
バージニア州に住む成人のうち、3割が大卒者で、他の南東部諸州に比べて高い比率となっています。バージニア州のコミュニティーカレッジは、毎年1300人もの理工系専攻の卒業生を輩出しています。州の高校卒業生の8割が大学に進学しており、州民に占める博士号取得の科学研究者やエンジニアの数は他の南東部諸州を上回っています。
■日米親善の橋渡し
日本-バージニア協会は州内の日米企業主体に運営され、教育、文化、ゴルフ大会、日本伝統文化紹介など多彩な活動を行っています。神戸大震災のときには、「リメンバー神戸」と題する追悼会を主催し、多くの在留日本人から感謝されました。毎年10月には、ニューポートニューズの日本語補習校にて、日本大使館領事部によるパスポート更新のお手伝いをいたしております。バージニア州日本商工会議所もスタートいたしました。
■アメリカの歴史はバージニア州抜きには語れません
メイフラワー号到着より13年も前に英国の植民地船がバージニア州に到着しました。
1775年から1783年に渡った独立戦争はバージニア州ヨークタウンで勝利を迎え、1789年に州出身のジョージ・ワシントンが初代大統領に就任しました。
1861年に始まった南北戦争は南北両軍でアメリカの歴史上、類を見ない60万人以上の戦死者を出し、1865年にバージニア州アポマトックスで終結を迎えました。南北戦争の戦場は、「風と共に去りぬ」の影響で多くの日本人はジョージア州が舞台だと思っていますが、戦争の60%はバージニア州内で行われたのです。当時の、その首都にあったホワイトハウスは現在、リッチモンドに美術館として残されています。
そして、最近の20年間でバージニア州の歴代知事は一次産業から二次産業、三次産業へと産業構造改革、工業化を強力に推進してきました。今や、バージニア州はタバコと農産物の州からハイテク、情報産業の州へと大きく変貌を遂げつつあるのです。
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